喪失感と創造と
阪神淡路大震災から22年。
忘れようとしたって、忘れられるわけのない日だ。
あの日から、私の全ては変わってしまった。
当たり前のものなんて、ないのだと。
確率的には、今日と同じ明日が続く確率が高いに決まっている。全てシステムは、それを前提としてできているのだし。
しかし、起きてほしくない現実は、必ずおこるのだ。生命がいつか必ず絶えるように。
全てをなくしても、命があれば生きていける、そのような自分と人生を作っていこうと強く思っている。
今日は、炭焼きの仲間と炭材を集める日。
林良樹さんがやっている天水棚田自然酒の会で使っている田んぼの土手に生えている木の伐採。
これらを伐れば、田んぼに日がだいぶ入るだろう。
集まった5人のうち4人が全く同じチェーンソーを使っているのだ。同じ時期にみんな買い直しただけなのだけど。
炭焼きを釜沼の長老から受け継いで、もう3年が経つ。お互いの都合を合わせるのが、なかなか大変なのだけど、同じ志を持ってやれているのが本当に嬉しい。
1人が伐採した木を、みんなでバラしていく。
お互いの動きもわかっているので、仕事がどんどん進んで心地いい。
無くしたものを取り戻すことはできないけれど、新しいものを作っていって、確実に形に残していくことで、なんらかの生きた証は残すことができるはずだ。
からだを動かしてみえるもの
週に2回は鴨川自然王国で働いていて、
月曜日がその日。
王国に上ってみると、まだ雪が残っていた。
自宅から車で約10分の距離なのに、まるで別世界。
冬に入ってからは、伸び放題になっていた王国の樹木を伐採するのが作業内容になっている。
昨年12月から取り掛かっていたのが、夏みかんの伐採。
10本以上あったものを、昨年末に4本まで減らしていた。
でも、この場所を有効に使うためには、やはり残りのみかんも伐ってしまおうということになったのだ。
この夏みかんたちもイベント出店では大活躍してくれたが、今後の王国の活動を考えると、この夏みかんがあったスペースをどうしても使わなくてはならなくなった。
そこで、3年前から炭焼きを始めて、林業にも関心がある私が担当になって伐採するようになったというわけだ。
チェーンソーはとても危険な道具だけど、きちんと使い方を意識して作業すれば、かなり仕事をしてくれる。
この間、何度か林業をやっている友人に懇切丁寧な指導を受けてきたので、少しずつチェーンソーを使った仕事にも慣れてきた。
油断大敵だが。
そして、午後に予定通り作業終了。
2人でやって、片づけまで終わらせることができた。
農業にも共通するのだが、からだを動かすことで見えてくるものがあるような気がしている。
チェーンソーという、伐採という強烈な作用に対する反作用は、体に感じる振動と、伐採後に生まれる空間だ。
この空間を使って、何をしていくのか。
それを考えるのも楽しいことだ。
受け継ぐ仕事と始める仕事と
朝から、今年初めての集落作業に出かける。
昨日少しだけ降った雪がまだ残っていて、朝日に映えてきれいだった。
今日の作業は、防護柵周りの整備。
土手に生えている竹や雑木を切り、燃やす。
イノシシなどの進入によって崩れた土手は、
土を土のう袋に入れて行って、再び崩れないように土のうをストックしていく。
朝から、20人弱の作業。
集落のほぼ全員だが。
集落の作業はいろいろ種類があるのだけど、
一番多いのが草刈りとこの防護柵周りの整備だ。
これを怠ると、野生動物たちの楽園になってしまう。もう少し、人間が住みたいのだ。
さて、その後に予定されていた集落の新年会はキャンセルして、今設立準備をお手伝いをしているNPOの昼食会へ。
このNPOは、放置竹林をウッドチッパーを使って竹チップにし、里山をきれいにして、新たな仕事も生み出すことを趣旨として設立される。
ひょんな事からお手伝いを依頼されたのだが、話を聞いてみると面白いし、何より自分としてもやってみたいことだと思ったのだ。
日程がタイトなので、形にするのが大変だが、スタートアップは一番盛り上がって楽しいところかもしれない。
ところが、今日はこれでも終わらない。
3月に予定されている、千葉大学とともに行うイベントの下見が入っているのだ。
これも、廃校になってしまった大山小学校を何とか利用できないか?という思いから始まった動きの一環。足かけ7年に渡る廃校利用活動も、今年は大きな変化を迎えるかもしれない。
集落で受け継ぐ仕事と、仲間とともに始める仕事と、2つを同時にやれるなんて、本当に楽しいことだ。