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楽喜舎日録

2013年1月から始めた「楽喜舎」(らっきしゃ)の日録。日々の暮らしからみえてくるものを発信します。日々実践!

関係の清算について


 人が集まれば、それぞれいろいろな考えがあるわけです。
だから、どこかで妥協して方針を決していくのでしょう。
妥協できなくなったときに、人は関係を清算します。
 そこで問題となるのは関係の清算の仕方かな、と思います。
 最もひどいのは対立関係に陥り、互いに誹謗中傷しあって、ついには相手を抹殺してしまうところまで行く清算の方法。
通常ここまで行かないのでしょうが。
 次には、対立関係に陥り、誹謗中傷をするだけの清算。
まぁこれが大概多いパターンでしょうか。
そういう人は、自分のやっていることの正しさを主張するために相手の主張を「そんなの誰も求めてはいないのだ!私のやっていることこそが正しいのだ!」と声高に主張しています。
そんな人を見ると、正直、かわいそうだな、と思います。
何も相手のやっていることを非難しなくても、自分のやるべきことをたんたんとやればいいのに、結局のところは別れた先のところの行動が気になっているのでしょう。
自分がそうならないように気をつけねば、いわばもって他山の石とすべしです。
 私の清算法は、これは日和見的な行動かもしれませんが、「我関せず」です。
「来るものは拒まず、去るものは追わず」
これで行くしかないと思っています。
どれだけともに盛り上がって活動しても、いつかは別れるときが来るものです。
ずっと一緒にいたくても、いられないときも来るでしょう。
そんなときは、今までの関係に感謝して、ともに生み出してきたものに感謝して、互いの歩む道を祝福したいと思うのです。
そりゃあ私だって、自分の信じて行っている道を別れた人から批判されれば、その批判が的を射ていればもちろん、まったく見当はずれであっても嫌な気持ちになります。
でも、嫌な気持ちになって、その相手方に嫌な気持ちを伝えたら、その相手もまた嫌になるでしょう。
別れてまで嫌な気持ちになるのは最悪だな、と思うのです。
だから、離れていった人々が、自分の現場でがんばってやっている姿を見ると、「私とはやり方が違うけど、充実した活動をしてください」と嫌味でなく思っています。
自然王国に来て5年目。多くの人がここを訪れ、通り過ぎていきました。
 離れてからも付き合いのある人。まったく音沙汰のなくなった人。違う現場で張り切ってやっている人。
いろんな人がいて、それぞれの生き方をやっていける社会が幸せな社会ではないでしょうか。
 もちろん、自然王国の中ですらいろいろな考えがあるわけです。
大規模生産に乗り出すのか。
多角的に経営を広げるのか。
現状維持にとどめるのか。
こんな小さな組織でも、人の集まりである以上考えの相違はあります。
 でも、ここで自然王国活動をやっていこうという点において一致していれば、何とか続けていけると思っています。
自分のやりたいことだけを通そうったってそんなことはできるわけがない。
経営者でもない私には、むろんのことできるわけがない。
 とすれば、王国の中でまずは自分の立ちき位置を明らかにし、やるべきことをたんたんとやるのみです。
それには妥協を繰り返すことが条件となるのかもしれませんが。
今は、そこで取り組むことで何か見出せるものがあるはずだ、と考えています。