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楽喜舎日録

2013年1月から始めた「楽喜舎」(らっきしゃ)の日録。日々の暮らしからみえてくるものを発信します。日々実践!

いざというときに

助けてくれる仲間の存在があるのは、なんてうれしいことだろう。
日々何もなく、無事に暮らしていても、ある日降ってわいたように襲ってくる出来事がある。
そんなとき、孤独に暮らしていれば、誰にも頼ることができず、お金で解決するか、行政に頼るしかなくなってしまう。
今日、そんな話が二つあった。

驚天動地というほど大げさではないが、一つは一家族では如何ともしがたい作業を遅くとも年明けまでには完成させないといけないという事態。そこに追い込まれてしまったことに、その家族には何の問題もないのだが、その問題を放置していてはその家族にとって非常に暮らしにくくなってしまう。
そこで、作業の依頼があったというわけ。それを見たとき、なにもためらうことなく、「やりたい」と思った。「手伝ってあげよう」「やってあげよう」というよりか、少し不謹慎だが「あ、それおもしろそうだな」と思ってしまった。
無理難題を、仲間の力で解決できたらすっきりする気がして、そんなに簡単な作業ではないけれど、なんとかやれるんではないかな、と思ったのだ。
むろん、私一人でやるわけではなく、他にも一緒にやる仲間がいるわけで。
みんなでわいわいやれるだけのつながりを、時間をかけて作ってきたんだなと思ってとてもうれしくなってしまった。
この件に関しては追々報告していくことになるだろう。

後一つ。
こちらは稲刈りなんだけど、いつもはコンバインでさっと刈る田がぬかるんで、
バインダーを入れることもできないんだという相談。
見に行ったら、バインダーはたしかにはまってしまいそうな予感。
そこで、手刈りのお手伝いに行くことにした。
たまたま、明日は時間があけられるので、ちょうどよかった。
いつもお世話になっている方のお手伝いなので、早めに寝て明日がんばらないと。

落語の帯灸という噺で「困っているときは相身互い、お互い様やがな」というシーンがあるのだが、
いい言葉だな、と思って大切にしている。
この噺自体はこの言葉のようにスムーズに助け合うわけではないのだけど、
昔の人はこんな言葉を普通に使っていたんだな、と思うと、
今でも十分使える環境があるよ、と言いたくなる。

農村でのくらしは、相身互い、お互い様なのだ。