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楽喜舎日録

2013年1月から始めた「楽喜舎」(らっきしゃ)の日録。日々の暮らしからみえてくるものを発信します。日々実践!

藤本了敏さんのこと

藤本了敏さんが亡くなったと聞いたのは、先月の28日のことだった。
2月27日午後9時30分御逝去。享年88歳。

藤本了敏さんは、故藤本敏夫氏(鴨川自然王国創立者)の御母堂である。
藤本さんが鴨川に居を移し、農的生活を始められたころに、鴨川に移ってこられて、
それから鴨川での藤本さんを支え続けた。

私が初めてお会いしたのは、7年前の8月。
加藤登紀子さんを王国に訪ねた時だった。
鴨川行きのバスを一本乗り過ごし、夜遅く王国入りした私を温かく手料理で迎えてくれた。

その9月から、私は王国に住み始めた。
普段はおばあちゃんと話することもあまりなかったのだけど、
機会があれば自宅に伺ってお食事をいただいたりすることもあった。

元気だったころは、歩いて2時間以上はかかる近くのスーパーまで行ったり来たりしていたそうだ。
「え〜、おばあちゃんそれ大変やったでしょ?」
て聞いたとき、
「でも、楽しかったよ。季節によって風景が違ったしね」
と微笑んだお顔がとても印象に残っている。

スーパーの近くの薬局のおばさんは、
「藤本さんのおばあさんは、キセルでたばこを吸っていて、粋だったよ」
と言っていた。
私が遊びに行くと、キセルとインスタントコーヒーがいつもおいてあった事を思い出す。

私が今の妻に結婚を申し込みに行くときは、ネクタイがないことに気がついて、
おばあちゃんの家に、「おばあちゃん、藤本さんのネクタイ余ってませんか?」といっておうちに上がりこみ、
ベージュのネクタイをお借りしたのだった。
返しに行ったら、「あんたにあげるよ」といわれて、そのままいただいた。
そのネクタイは、今も使わせてもらっている。

それほど密接なつながりもなかったのに、亡くなってみるとどうしていろんなことを思い出すのだるう。
もう何もお声をかけることもできない。
鴨川に来て、初めて知り合った人が亡くなって、とてもさみしい。
御冥福をお祈りします。